インターネット動画配信コンテンツの利用者が増えれば、より高品質のコンテンツが求められる

fladdict.net blog: 「品質」という概念の価値が相対的に下がっている』という記事を読んで、遅まきながら個人的に感じたことを書いてみます。
自分の中でまとまっていない部分も多く、極めて個人的で書きっぱなしな感じになること、あらかじめご了承下さい。

映像・音声・編集技術に関する質と人々の興味・関心などの需要の関係

ここ2ヶ月ほどニコ動にネタ的からまじめ技術動画まで、色々と映像を放り込む実験をして遊んでた。

品質をともなった画像の再生数が160回で打ち止めだったり、逆に勢いだけのものがたった1日で1000?2000再生を記録したりするのが面白い。

僕がニコニコを弄ってて顕著に感じたことが、「品質という概念」の希薄化。つまり、従来のメディアと比べると、コンテンツの品質と評価・拡散がかならずしも相関関係をもっていないことが多いという点。

僕の私見になるが、コンテンツにとっての品質という概念の価値は、「品質の高い商品はより多くの人間の注意を引く、興味を喚起する」という点にある。つまり、品質が高ければ高いほど、多くのユーザーがそのコンテンツを高く評価する可能性が高まるということだ。リーチ率に直結している。それが品質の機能であり価値。

ここであげられている「品質」というのが、投稿されている動画における映像、音声の質、そして映像コンテンツとしての編集技術などのことだと思いました。
とすると、いくら映像がきれいで、音声・音楽が良く、編集も素晴らしくとも、そのコンテンツを視聴する人たちが視聴したいと思うものでなければ見向きもされない、ということです。
特にYouTubeやニコニコ動画などで配信されるコンテンツは、インターネットで配信される動画コンテンツという特性上、テレビなどのマス・メディアに比べて映像や音声などの質に関して求められる水準がまだ低い位置にあると思います。
その分、配信される動画コンテンツの内容、ネタ、アイデアに関する要求が相対的に高くなっているのではないかと思います。
また、「ペプシコーラにメントスを入れて噴水」や「ねこ鍋」、「嫁にゲームをやらせてみた」、「初音ミクに歌わせてみた」など、映像・音声の質よりも「私もやってみた」「私も作ってみた」という、ある一定の内容の質が伴っていると予測されるコンテンツは盛り上がります。
とりあえず「ぬこ動画」をアップすれば、ある程度のアクセスがあります。もちろん「ヒット」の域に達するには人々をひきつける「+α」の内容が求められますが。

つまりコンテンツの「品質=価値」という原則は、「顔の見えない大多数の大衆に対し情報発信しコミュニケーションしリーチする必要がある」、という前提があって初めて成立する。

逆を言えば、パーソナルなコンテンツになればなるほど、品質というツールに頼る必要なしにユーザーを喚起できる。 運動会の動画とか、学際バンドの演奏などはその顕著な例だ。品質をともなわなくても仲間内では十分に受け入れられる。

この部分は納得です。
マス・メディアなどの「大衆に対し情報発信しコミュニケーションしリーチする必要がある」媒体において、「価値」を生み出すために、映像・音声・編集技術などの「品質」が求められるのは前提条件、必要条件でしょう。
それに対し、家族のホームビデオには「品質」があまり求められません。そのコンテンツの主題が重要であり、内輪ウケできるものが絶対条件です。

ゆえに、ネットや携帯電話等によって特定のコミュニティへのピンポイントなリーチが可能になればなるほど、「品質」の持つ、不特定多数にリーチさせる機能の必要性はなくなっていく。つまり品質という概念の価値が相対的に減少していく。こういう現象が、現在ネット上で徐々に起こり始めているのではないか?というのが僕の考え。

繰り返しになりますが、インターネットで配信される動画コンテンツとして映像や音声の質が求められておらず、個人・特定コミュニティへの限定アプローチが可能。だけど、不特定多数の大衆が視聴することができる。
あくまで、コンテンツの内容・ネタ・アイデアに対する要求が相対的に高まり、これまでは家族の内輪ウケで終わっていたホームビデオが多くの人に視聴され、ヒットする機会が増えている、ということでしょう。

利用者数の増加、需要の拡大に伴って、より「高品質」なコンテンツが求められる

で、なにがいいたいかというと、つまり新聞やTVがブログや携帯、ようつべといった低品質コンテンツに食われていってる現在、アートやデザインだけはその例外でいられるのか?ということ。「品質」がいいものを作りさえすれば評価される食っていけるという前提は、今後100年通用するルールなのか、そこを無批判に信奉することでなんか思考停止が起きてるのではないかということ。

内閣府の『平成18年度消費動向調査』によると、テレビの世帯普及率は2006年3月末現在で99.4%。単純に考えて1億2000万人がテレビを見ていると考えられます。
一方、YouTubeの利用者数は2007年2月で1000万人強(参考『YouTube、利用者数1000万人越え – ネットレイティングスの調査史上最速 | ネット | マイコミジャーナル』)、ニコニコ動画のユーザー数は約443万人(2007年12月12日現在。トップページの一般会員表示人数より)。
現状ではYouTubeやニコニコ動画の利用者数はテレビの視聴者数よりははるかに少なく、今後利用者数の拡大が考えられます。
インターネット動画コンテンツが広く認知され、利用者数も増え、インターネット環境が良くなり、よりきれいな映像や音声がスムーズに視聴できるようになると、より高品質のコンテンツが求められるようになっていくと思います。
「初音ミク」関連のコンテンツがわかりやすい例ではないでしょうか。
最初は既存の映像に打ち込んだ音楽を流すことで盛り上がったことから、より高品質音楽を打ち込む人が増え、キャラクターがアニメーションとして動くようになり、さらにアップされたコンテンツにコメントを書き込んだり、歌詞を打ち込んだりしてコンテンツとしての質がより一層高められ、新しい視聴者を増やしていくというサイクルが出来上がりつつあります。
利用者数の増加に伴う、利用者からのより高品質なコンテンツの要求、そしてそれに応えるコンテンツ制作者は視聴者から尊敬される。また、利用者が増えることで市場が生まれ、高品質なコンテンツを提供する制作者も何らかの形で利益を得られるようになると思います。