コンテストは審査員が望むものを出した者が勝つ

先日放送された「M-1グランプリ2007」は、一般的にはほとんど無名で敗者復活で勝ち上がった「サンドウィッチマン」が優勝して幕を閉じました。
M-1グランプリも第7回目となり、大会としての権威も高くなる一方で、辛らつな声も聞こえるようになりました。ブログ上で特定のコンビを批判した記事について”炎上”することも起こっています。

それこそ「お笑いの細分化」というのは、島田紳助さんがお笑いを目指すにあたって着目されていたことであり、1980年の漫才ブームから30年近く経った今ではバリエーションもさらに増え、一人ひとりの「笑いのツボ」が違っていて当然だと思います。
そこで「このコンビの漫才は私に合わない」ということで「あいつらは面白くない」とブログという不特定多数の目に触れるところで書いてしまうと、その記事を読んだファンからの批判を浴びることは必至です。
多種多様なものを同じフィールドに上げてまとめて審査しよう、という形式に無理が生じるのもいた仕方ないのかと思いますが、コンテストに参加するにあたって「自分の主観」ではなく、「審査員や大会の主催者の主観や意見、思惑によって決まる」ということは踏まえておいたほうがよさそうです。


コンテストというのは、主催者に何らかの意図があって開催されます。
それは、業界の知名度向上や地位向上、若い才能の発掘ということもありますし、自社の宣伝・プロモーションのため、ということもあります。
作品を審査する人もその意図に沿って審査を行い、ふさわしい人物や作品に賞を与えます。世間一般でのウケがよくても、賞にふさわしくない作品は除外されやすくなります。
先のグラビアアイドルのブログでの批判は、大半は観覧に来たお客さんのあり方について書かれていますが、『何であんな人たちが合格なのか分からないんですよ。』とも書かれています。
人気のあるコンビであればそれなりの実力もあるのでしょうし、実際に集客力があります。そして、合格されたということは審査員にも認められた、ということです。
人気コンビのねたが終わると多くの観客が帰ったことも批判されていますが、審査員はそのこともちゃんと踏まえられていると思います。「人を呼べる」ということは一つの評価基準ですし、観客数に応じた笑いがしっかり取れていれば、きちんと評価してくれているはずです。
そして、準決勝の審査員をされた方のブログでの批判については、あくまでその方の価値基準に合わなかった、ということでしょう。事実、サンドウィッチマンは敗者復活戦で100人の一般審査員とプロの審査員5人に認められ、頂点に上り詰めました。
サンドウィッチマンの批評が優勝という結果と合っていなかったということであり、準決勝で敗退したオリエンタルラジオのネタを「リアリティゼロ」と評価され、決勝で4位になったハリセンボンのネタを「パワーが凄い!」と評価されています。
今年のM-1グランプリは、4000組を超えるグループが参加し、準決勝には66組が勝ち進み、そこから8組しか決勝に進めない狭き門でした。また、野球やサッカーなどのスポーツと異なり、審査に明確な数値基準がありません。
M-1グランプリの審査基準の欄には「とにかくおもしろい漫才(審査員による採点で決定)」とかかれているため、勝ち上がっていくためには審査員に面白いと判断してもらう必要があります。
コンテストとして審査員に認められること、審査員の望むものを確実に出したものが勝ち進んでいく、という考え方も持っておいてよいかと思います。
一人ひとりお気に入りの漫才師がいるのは当然ですし、そのグループが負けてしまうのは自分のことのように悔しいことだと思います。ただ、「自分が楽しむこと」と「コンテストに入賞すること」は別物だということも、しっかり考えておく必要があると思います。
また、そのコンテストで入賞できなかったとしても、多くの人に認められるものであれば、必ず他のところから、何かしらの評価は得られると思います。M-1で優勝することも一つの栄誉ですが、冠番組を持つことも一つのステータスです。
感想は人それぞれありますが、私は今年の「M-1グランプリ2007」は笑わせていただきました。最終決戦にのこった3組はそれぞれよかったと思います。
来年もより一層笑わせてくれる漫才を見せてくれることを期待したいと思います。